八ツ塚群集古墳

© 愛媛NOW(生成イメージ)
ここがポイント
ここでしか見られない景観
松山市恵原町に残る古墳群で、複数の墳丘から古墳時代の地域社会を考えられます。
歴史・文化を知る
大きな観光施設ではなく、地形に溶け込んだ墳丘と解説を現地で読み取る文化財です。
地域らしい過ごし方
周辺の古代遺跡と合わせると、久谷地域に集落や墓域が営まれた背景が見えてきます。
周辺観光と組み合わせる
荏原城跡や遍路札所をつなぎ、松山南部の歴史散策に組み込めます。
楽しみ方
現地を歩いて確かめる
案内板と地図で墳丘の位置・数を確認します。
展示・背景を深く知る
盛土の形、高さ、周囲の地形を安全な範囲から観察します。
最新情報を確認する
草木、足元、公開範囲、駐車場所を確認します。
地域のルールを守る
墳丘へ登らず、石や土を動かさず、農地へ入りません。
周辺の立ち寄りスポット
おすすめの回り方
あわせて巡るなら
八ツ塚群集古墳 → 荏原城跡 → 浄瑠璃寺
基本情報
- 営業時間
- 明るい時間の見学を推奨。草木、足元、公開範囲を確認。
- 料金
- 見学無料
- アクセス
- 松山市恵原町。公共交通の本数、案内板の位置、徒歩経路を事前確認。
- 駐車場
- 専用駐車場の有無を確認。農地・生活道路への駐車は不可。
地図で確認
OpenStreetMapでおおよその位置を表示しています。
関連スポット
同じエリアや特徴が近いスポットを表示しています。
Reggaeman / Wikimedia Commons CC BY-SA 3.0
浄瑠璃寺
松山市南部の久谷にある四国八十八ヶ所第46番札所で、松山市内8か寺の最初の札所です。和銅元年(708年)に行基菩薩が開き、大同2年に弘法大師が伽藍を修復しました。本尊は薬師如来。正徳5年の山火事で本尊と脇侍を除く多くを失い、天明5年に住職の堯音が托鉢で集めた浄財で再興しました。境内のイブキビャクシンは松山市の天然記念物で、仏手・仏足石や一願弁天堂があります。

CT-May / Wikimedia Commons CC0
渡部家住宅
慶応2年に上棟した大型農家で、主屋、表門、米倉、倉が国重要文化財です。大型直屋の間取り、長屋門、白壁の蔵、武家建築を取り入れた意匠から、庄屋を務めた豪農の暮らしと屋敷構えを学べます。現在は松山市が日曜日に無料公開しています。
Reggaeman / Wikimedia Commons CC BY-SA 3.0
八坂寺
浄瑠璃寺から約1kmの山の中腹にある四国八十八ヶ所第47番札所です。大宝元年(701年)に役行者小角が開き、815年に弘法大師が再興して霊場に定めました。本尊は恵心僧都作と伝わる阿弥陀如来。熊野権現を祀る修験道の道場として栄えた歴史があり、極楽と地獄を描いた閻魔堂、鎌倉時代の宝筺印塔、石段途中の「救いの手」が見どころです。毎年4月29日には火渡り修行が行われます。

CT-May / Wikimedia Commons CC0
葉佐池古墳公園
約1400年前の古墳時代後期につくられた、最大約41mの長円形古墳を保存・公開する史跡公園です。未盗掘の横穴式石室や5基の埋葬施設から、当時の葬送儀礼を具体的に学べます。
